【サッカー】アディショナルタイムから始まった試合 甲府にとっての価値ある勝ち点1

プロフェッショナルの選手なのだから、もちろん手を抜くことはないだろう。それでも時には見ていて、どうしても時間の経過が遅く感じる試合というものがある。イングランドでは、このような一戦を「大いなる退屈」と表現することがある。

 4月8日に等々力で行われた川崎-甲府。小型無人機ドローンによる撮影が行われたJ1第6節の試合は、残念ながらそういう試合だった。あまりにもピッチ上に変化がないので、思わず宙に舞っているドローンを目で追ってしまう。人によって試合を見る視点は異なるので興味はそれぞれ違うのだろうが、「局面」での勝負を避けるように時間が流れていく試合は刺激が少な過ぎる。

 昨季、年間勝ち点72で2位の川崎に対し、甲府は31で14位。しかもJ2に降格した名古屋と勝ち点1差で残留した事実を見れば、甲府が内容よりも、いかに勝ち点を積み上げるかに軸足を置くのは仕方がない。チームの置かれた背景を考えれば、試合が変化の乏しいものになったのは、むしろ川崎の方に原因があったといえるだろう。

 1-1で引き分けた試合後に、川崎の鬼木達監督は「実際に、ボールはキープするけど、という感じで、突破まではいかなかった」と話していた。それはキャプテンの小林悠も同じで「ペナルティーエリアに入る回数が少なかった」と反省していた。そうなのだ。相手の危険地帯への「突破」のない試合は、ほとんどがつまらないのだ。

 確かに故障者が続出しているというマイナス要素はある。そのなかで、この日の川崎は持ち味のポゼッションが得点を奪うための手段ではなく目的になっているのではという場面が数多くあった。チームの戦い方として、甲府は守備を固めてカウンターを狙っていた。川崎がいくらボールをキープしパスを回しても、痛くもかゆくもない。恐れているのはゴール前に縦に入ってくる勝負のパスだけ。それを意識的に狙っているのが中村憲剛に限定されれば、甲府は攻められながらも自分たちのペースの展開ということになる。

 個人の技量の高さは目立たないのだが、逆に集団としてやることが徹底されていたのは甲府だった。その象徴的な場面は、後半9分の川崎の右CKだろう。キッカーの中村がショートコーナーを選択し、短いパスを長谷川竜也につないだ。そのリターンを中村が受けた瞬間、馬場規副審の旗が上がった。

 決して目立つプレーではない。中村がよく見せる変化をつけたCKに対し、甲府守備陣はちゅうちょなくオフサイドトラップを仕掛けてきた。これは全選手の共通認識を徹底させなければできない集団プレー。その意味で吉田達磨監督の指導の下で意識が確実に変わりつつあるのだと思えた。

 時計が90分を過ぎるまで、心躍らせる場面が少なかった試合。しかし、昨季から等々力では、不思議と試合終盤に見どころが訪れる。だから川崎のサポーターは、良い思い出をもって家路につけるのだろう。そして、この日もまた同じ展開となった。

 後半のアディショナルタイムは、川崎GKチョン・ソンリョンの負傷交代があったため7分。スコアを動かしたのは、粘り強く守り、機会をうかがっていた甲府だった。途中出場したドゥドゥの一連の芸術的なプレーがゴールにつながった。後半46分、小椋祥平の縦パスを受け、谷口彰悟三好康児に挟み撃ちに合いながらも巧みなターンで右サイドを突破。トップに入った河本明人をマークする、DF奈良竜樹を避けるように曲がるパスを送る。そのパスで独走した河本はボールを冷静に流し込むだけだった。

 面白いことに、それまで眠っていた川崎はこの失点で目を覚ます。いきなりの猛攻だ。後半48分にハイネルの強烈な左足シュートはGK岡大生のファインセーブに阻まれた。しかし、続く中村の右CKをファーサイドにいた奈良がヘッド。シュートは決して強いものではなかったが、GKの頭越しに放物線を描いてゴール右上隅に吸い込まれた。その後も「なんで90分間のうちにこれを見せないの」という猛攻で甲府ゴールを脅かし続けた。

 録画を見るならアディショナルタイムだけで事が足りる内容だろう。ただ甲府にとってのこの勝ち点1は大きい。吉田監督は前節までの戦いを振り返ってこう語った。「2連勝して、これは甲府にとって珍しいこと。皆さんは連勝というが……」。確かに3連勝の可能性もないではなかった。それでもシーズン終盤を考えれば、この引き分けが必ず意味を持ってくる。甲府は財政的にも戦力的にも、決して恵まれているとはいえない。吉田監督は、その現実に冷静に目を向けているような気がする。

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